前回は痛みはどう感じるのかというお話でした。
今回は鎮痛薬を使うとどう効くのかというお話です。前回の記事を踏まえて書くので、前回の記事をまだ見ていない人は是非先に読んで下さい。
良い鎮痛を得るためには
マルチモーダル鎮痛という考え方が普及されています。これは複数の作用機序の異なる薬を投与する事で、効率よく痛みを止める方法です。鎮痛薬は前回お話した作用機序の4つのどこかに効きます。ただし一箇所のみに薬が作用しても、完璧な鎮痛を得ることは難しいです。またこの4箇所全てに効く薬は存在しません。そのためいくつかの薬を組み合わせていれる方法が推奨されています。
1つの薬のみで手術に必要な鎮痛を得るためには量をたくさん投与する必要があります。そうすると副作用が出やすいことからも、マルチモーダル鎮痛という考え方が推奨されています。
どんな手術には鎮痛薬を入れるべき?
どんな手術にも鎮痛薬は必須です。去勢手術は簡単な手術だから鎮痛薬がいらないなんてことはありません。手術の難易度と痛みの程度は関係ありません。想像していただきたいのですが、ヒトの睾丸を取るときに鎮痛薬なしは想像できるでしょうか?それをしてしまっては拷問ですよね。なのでどんな症例にも鎮痛薬はしっかり入れるべきです。
薬の種類と効果部位
鎮痛薬の種類と主な効果を説明します。今回は主要な作用部位と効果に関してのみ書いていきます。少し難しいかもしれないので、絵をみて「ここに効くんだ!」というのだけでも知ってもらえたら嬉しいです。
α−2アドレナリン受容体作動薬
作用部位
脳や脊髄、抹消のα-2 アドレナリン受容体に作用して、神経と神経の間の神経伝達物質(刺激を伝える物質)が分泌されることを抑えます。
効果
神経接合部(神経と神経のつなぎ目)に存在する受容体に作用して、刺激が神経間で伝達されることを阻害し、痛みの信号を弱めます。
副作用
この受容体は脳や脊髄だけでなく、血管系や消化器系にも存在しています。結果として心拍数が落ちたり、嘔吐してしまったりすることがあります。心臓病の患者に投与する際は注意が必要です。犬で多い心臓病の僧帽弁閉鎖不全症の患者に投与すると循環が悪くなる可能性があります。ただし、逆に肥大型心筋症の猫に投与した場合には循環動態が改善することもあるので、使用の際にはどんな心臓病なのか把握する必要があります。
代表的な薬の名前
メデトミジン、キシラジン
局所麻酔薬
作用部位
神経の信号を伝えるために必要な電位依存性NA+チャネルを遮断することにより、麻痺させ、痛みの信号を伝わらないようにします(同一神経内の話)。
効果
局所麻酔によってブロックされた神経は理論上では全く痛みを伝達しないので、鎮痛作用としては一番強い方法になります。現在までに、様々な場所の局所麻酔方法が開発されています。
使用上の注意点
狙った神経の近くに薬剤を注入するために、その神経を探す必要があります。神経刺激装置や超音波を使用するなど、色々な方法がありますが、技術の取得が必要です。
代表的な薬の名前
リドカイン、ロピバカイン、ブピバカイン
NMDA受容体拮抗薬
作用部位
脊髄や脳にある、痛みの感じ方に関わるNMDA受容体を拮抗します。
効果
NMDA受容体は持続的な痛みの刺激を受けることによって、痛みの感受性を上げてしまいます。これを拮抗することによって、鎮痛効果をもたらします。慢性痛のある症例では、痛みが増強され神経過敏になってしまっていることもありますが、これを改善することが可能です。また皮膚を切ったりして起きる体性痛(体表の痛み)も和らげます。
使用上の注意点
低用量での単独使用での鎮痛作用ははっきりしないため、他の薬剤と組み合わせて使うべきです。
代表的な薬の名前
ケタミン
非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)
作用部位
炎症に関わるシクロオキシゲナーゼ2の活性を阻害します。
効果
シクロオキシゲナーゼ2はプロスタグランジンE2という物質の産生に関わります。これは傷ついた組織から放出される痛みや炎症を増強する物質です。その産生を減少させるため、結果として痛みと、痛みの原因である炎症を和らげる効果があります。
副作用
シクロオキシゲナーゼ2は普段の身体の機能を維持するためにも必要なため、必要以上に拮抗してしまうと消化管障害や、腎障害、また血液凝固障害などを起こしてしまう可能性があります。
代表的な薬の名前
メロキシカム、ロベナコキシブ
オピオイド
作用部位
中枢神経系に分布するオピオイド受容体に作用します。
効果
急性痛によく効きます。痛みの刺激の発生の原因を止めたり弱めたりするわけではありません。痛みを感じる閾値を上げる効果があります。
副作用
徐脈や呼吸抑制、消化管運動の低下(馬)、術後の高体温(猫)など様々な副作用があります。また猫や馬では投与により興奮してしまうこともあります。そのため投与には注意が必要です。
代表的な薬の名前
ブトルファノール、ブプレノルフィン、モルヒネ、フェンタニル
まとめると
実際はどの薬を組み合わせて使えばいいの?
局所麻酔を使用可能な部位の手術であれば、使用することを勧めます。理由は痛みが脳に伝わるのを完全に遮断できる唯一の方法だからです。次に非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)もできる限り使うこと。理由としては、炎症を止めることを助け、痛みの根本を変えることができるのはNSAIDsだけだからです。ただし、腎臓や消化管、凝固に関わる大きな問題がある場合は使用に注意が必要です。麻酔中は皮膚を切ったりして体性痛が出るのでNMDA受容体拮抗薬を使うこと。急性痛が手術では間違いなく発生するのでオピオイドを使用すること。そして強い痛みを抑えたいのであればα2アドレナリン受容体作動薬も使用することがおすすめされます。
結局全部使うことが、痛みを考えるとおすすめされるわけですね。全部使わなくていい場合としては、局所麻酔によって痛みが発生しても脳に全く行かない場合。この場合は鎮痛薬を入れなくても手術中は痛みを感じることがありません。ただしこの場合も、局所麻酔薬の効果が切れてしまうと痛みを感じてしまうので、NSAIDsやオピオイドなどの痛み止めは必要に応じて使用する必要があります。
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