ドパミンの投与は血管を収縮させる(末梢血管抵抗を上げる)という認識を持っていると思います。そのため、僧帽弁閉鎖不全の子には使用してはいけないと考えられています。
はたしてそれは事実なのでしょうか?
ドパミンとは?
ドパミンは昇圧剤として獣医医療において広く使用されている薬となります。
どんな薬か簡単に説明すると、用量依存性に血圧を上昇させる薬です。
低用量 (0.5 – 2.0 μg/kg/min)
ドパミンレセプターに作用して、腸間膜、腎臓、冠動脈の血管を拡張させ末梢血管抵抗を低下させます。結果として血液がそれらの血管に取られるので、血圧が下がる可能性があります。
中容量 (5μg/kg/min)
β1アドレナリン受容体に作用し心拍出量(陽性変時・変力作用)を増やし、血圧を上げます。
高用量(5μg/kg/min以上)
α1アドレナリン作動薬に作用し、血管収縮を引き起こし、末梢血管抵抗を上げることにより、血圧上昇を引き起こします。
これがドパミンという薬です。
示した投与量はあくまで参考程度であり、個体差がありますので血圧を見ながら投与量を調整していくのが一般的であると思います。
以前はドパミン受容体への作用により腎血流量が増え、腎保護に適していると言われていましたが、現在はその効果に関しては懐疑的です。麻酔中において血圧を上げているから、結果的に腎血流量が増えているだけではないかと言われています。
アセプロマジン前投与後のドパミンの使用効果は?
今回の勉強会で扱ったのはこの文献。
Effects of acepromazine on the cardiovascular actions of dopamine in anesthetized dogs
Monteiro ER et al. (2007) Vet. Anaesth. Analg. 34:312-321
この文献では犬において鎮静薬であるアセプロマジンを前投与した場合、麻酔下においてドパミンの循環動態への影響はどう変わるのかというお話です。
この論文においては、アセプロマジンを前投与した群と、前投与薬を何も入れなかった群で比較しています。
ここでアセプロマジンのおさらいをします。
アセプロマジンとは?
アセプロマジンはフェノチアジン誘導体に分類される鎮静薬です。不安を解消することや、長い作用時間を持つことから、獣医医療において使用頻度の高い鎮静薬の一つです。この薬は様々な受容体を拮抗しますが、麻酔管理に大きく影響するのはα1アドレナリン受容体を遮断することです。結果として、血管が収縮できず、低血圧になります。また、ドパミン受容体も拮抗することも知られています。
この論文の仮説
このアセプロマジンとドパミンの2剤を併用するとどういうことが予測されるのでしょうか。
低用量のドパミン使用時
アセプロマジンによりドパミン受容体が遮断されることにより、ドパミンによる血管拡張作用が妨げられて、血圧が上昇しやすくなるのではないかと予想されます。
高用量のドパミン使用時
アセプロマジンによりα1受容体が遮断されることにより、ドパミンによる血管収縮作用が妨げられ、血圧が上昇しづらくなることが予測されます。
この論文の結果
実際の結果はどうだったかというと、
低用量のドパミンの使用時
血管拡張作用はアセプロマジンによって妨げられませんでした。すなわち、ドパミンの使用によって末梢血管抵抗は低下しました。
高用量のドパミンの使用時
血管収縮作用はアセプロマジンによって妨げられました。すなわち、末梢血管抵抗は上昇しませんでした。
血圧はどうだったのか
アセプロマジンを使用していたとしても、ドパミンにより血圧は上昇していました。ドパミンを使用することにより心拍出量が上昇し、血圧はアセプロマジンを使用していた群でも上昇しました。
つまり、アセプロマジンを入れていたとしても、ドパミンを使用すれば血圧は用量依存性に上昇するということです。
ドパミンの投与は末梢血管抵抗を上昇させない?
この論文ではアセプロマジン投与の有無に関わらず、ドパミンを投与すると全末梢血管抵抗は低下していました。アセプロマジンを投与していない群においても、15μg/kg/minという高用量で、ようやくドパミンを使用する前の末梢血管抵抗に戻っていました。
つまり麻酔下においては、ドパミンは全抹消血管抵抗を上昇させる薬ではないのです。むしろ、よく使用する投与量においては血管抵抗を下げるので、僧帽弁閉鎖不全の患者で使用しても問題ないはずです。元々吸入麻酔薬によって末梢血管抵抗は大きく下がっているので、通常の使用量において使用しても問題ありません。
もちろん不整脈を誘発する可能性はドパミンにはあります。しかし、それを考慮しても低血圧の際にはドパミンの使用は一つの選択肢として考えても良いのではないでしょうか。
ドパミンは麻酔下において、全末梢血管抵抗をあげない。
通常の投与量にいおいては全末梢血管抵抗を下げる。
アセプロマジンとの併用しても、ドパミンの投与により血圧は上昇する。
昇圧効果は心拍出量の上昇による。