最近コロナウイルスの影響で、人工呼吸器が身近になったと思います。
獣医医療でも人工呼吸器を使うことはあるのですが、麻酔中の使用にほとんど限られており、肺炎治療に使用されることは稀です。
私自身は犬の肺炎治療に人工呼吸器を使用した事があります。数日間の人工呼吸管理を犬でしましたが、本当に大変でまだまだ人工呼吸器を使いこなせていないと感じました。犬は肺炎における人工呼吸使用の戦略がまだまだ確立されていません。
少しだけ人工呼吸器がどういったものなのか、紹介したいと思います。
人工呼吸器とは
一般的には陽圧をかけて肺に気体を送り込み、換気を補助する。応急処置の人工呼吸(口移し式)、マスクとアンビューバッグを使う方法、気管内チューブと人工呼吸器を使う方法などがある。「”人工呼吸”」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。” 2019年5月4日” UTC URL:https://ja.wikipedia.org/
ここで大事なポイントは「陽圧をかけて」です。
人工呼吸器の使用に当たって大事なポイントは「陽圧換気」をするということです。
自発呼吸(普段の呼吸)と比較しながら、どういうことか説明いたします。
自発呼吸(普段の呼吸)
肺と、肺がある胸腔内(胸)の簡単な構造は以下のとおりです。
肺は胸壁(肋骨とそれに付属する筋肉)と横隔膜に囲まれています。そして気管を通して空気は入ってくるわけです。
普段私達の呼吸は息を吸うときに、
1,横隔膜が下がって、肋骨の間にある筋肉を収縮させます。結果として、肺や心臓のある胸腔(胸の中)の空間を広げます。
2, そうすると、胸腔内にスペースができて、そのスペースに空気が勝手に入ってきます。
これが自発呼吸(普段の呼吸)です。大事なポイントは空気が入ってくる前に、胸が先に広がるということです。
人工呼吸
一方で人工呼吸器を使用した場合を説明します。
1, 周りの空間(横隔膜や、胸壁)が広がる前に、空気を外から送り込む
2,肺と胸壁、横隔膜を内側から無理やり押し広げる
ポイントは空気の力を使って胸壁や横隔膜、肺を広げるということです。ドライヤーや、落ち葉を飛ばすブロワーと同じです。そういうものを使って、口から無理やり空気を送り込み、肺だけでなく、胸壁もろとも広げるのです。結構強引ですよね。
結果として普通の呼吸では起こらないいくつかの弊害が出ます。わかりやすい問題だけ記載します。
人工呼吸の問題点
1,肺が傷つく
無理やり空気を送るので、肺の細胞が傷つきます。
風船を想像してほしいのですが、風船を思いっきり膨らませると最終的に割れますよね?もし割れなかったとしても、一回膨らませた風船は張りのないダルダルの風船になります。あれはゴムが劣化していますが、人工呼吸の話に戻すと肺が劣化(ダメージを受ける)するのです 。
2,肺が乾く
人工呼吸で使用する空気は乾いた酸素を使用します。そのため肺が乾いてしまい、傷害に繋がります。ダイビングをやっとことがある人だとわかりやすいのですが、あの酸素ボンベの酸素と同じです。そのため、肺がカラカラに乾いてしまいます。乾かないために、フィルターを使用したり、加湿器付きの人工呼吸器もありますが獣医医療では一般的ではありません。
3、循環が落ちる(血の巡りが悪くなる)
人工呼吸の結果、血の巡りが悪くなることがあります。その理由を簡単に説明しますと、胸の中にも血管があり、人工呼吸で無理やり空気を送るとそれらの血管がぺちゃんこに潰れてしまうからです。結果として、麻酔中には血圧が落ちることがあります。
この他にも、様々な注意点がありますが、どこかでまたお話できたらと思います。
これらの問題点は獣医医療における短時間の手術においては、大きな問題となることはあまりありませんが、知っておいた方が良いと思います。3つ目に上げたものに関しては、獣医医療の手術中にも起きますので確認してみて下さい。人工呼吸は悪いものでは決して無いですが、気をつけて使用する必要があります。
なんで肺炎の治療に人工呼吸をするの?
理由としては、肺を傷つける可能性があっても使わないと患者が生きていけないからです。
患者自身の呼吸では、酸素を取り込めなかったり、二酸化炭素を吐けなかったりする場合は人工呼吸を使用して呼吸をサポートしてあげなければいけません。
人工呼吸を使った治療方針としては
肺が人工呼吸によって傷つかないように管理しながら、肺が治るのを待つ
という治療になります。
いろいろな設定を行い、可能な限り肺が人工呼吸器によって傷つかないようにして数日間、必要があれば数週間治療をするわけです。人工呼吸が肺を治すわけではありません。
人工呼吸が肺を治すものでは無いということを理解していただければ幸いです。